2008年2月25日月曜日

後輩の女の子

我が家に後輩の女の子がやってきた。
名前はSeoty & Muckey。
二人とも子供が大好き。

EBIKOを見にきてくれた。

二人がプレゼントしてくれたのはこれ。
Rody。
めちゃめちゃかわいい。
ゆらすと音が鳴る。
この音がまた癒し系。
ありがとう。
詳細はbookmark of EBIKOにて。
EBIKOはだいぶRodyを気に入ったらしい。
手を差し伸べて興味深々。
こんなでかいのを口を開けて食べようとする仕草まで。
最近だいぶいろんなものに手を出す。
なんだか赤ちゃんから子供らしくなってきた。
さて、中古マンションのリフォームが大変です。
決めなくてはいけないことだらけで。
どこをいじってどこをいじらないからはじまり、いじるならどうする、サイズは?材質は?色は?値段は?
基本的には楽しいけど、ちょっとめんどくさい。
とはいっても昼間いないおれの変わりに業者と連絡を取り合っているTAKAHOはもっと大変か??
おつかれさまです。

2008年2月22日金曜日

bookmark of EBIKO

自称my Home パパのimosakuです。

嫁TAKAHOはこのブログを作り始めたときに愛娘EBIKOの写真を載せることだけは猛反対。
もちろん実名なんてもってのほか。
『ネット上に○○○(名前)の写真を載せるのは・・・』なんていってた。
まぁ気持はわからなくもなかったので、それに従った。
おれのブログでも一度もEBIKOの顔は出ていない。

それがどうだい???
今日帰ってきたら、なんだかそわそわしている。
『ブログ見た??』ってしきりに聞いてくる。
何かと思って見てみたら・・・・・・おや??おや??????

勝手にEBIKO専用ブログを作成していた!!

どうやらどうしても皆様にEBIKOを見せたいらしい。

まぁ、成長日記として振り返って見てみたら楽しめそうだからいいけどさ。
でも最初はあんなに反対してたのに・・・。

というわけで、入れる人は入れる。入れない人は入れないブログです。
もしよかったらどうぞ。
ただし、我々夫婦の自己満足の世界ですのであしからず。。。

http://ebikodiary.blog103.fc2.com/blog-entry-1.html

2008年2月17日日曜日

J-ADNI

土曜・日曜で神戸へ。
といっても仕事で。

J-ADNI(Japanese Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative)という研究プロジェクトがある。
簡単にいうとアルツハイマーになる人とならない人の分岐点をMR画像やPET画像で見つけて、それをヒントにアルツハイマーの根治薬を作ろうというもの。
アメリカではすでに大規模研究が始まっていてそれの日本バージョンというわけ。
全国から研究メンバーが神戸の先端医療センター(写真)に集まってきていた。

土曜の昼から始まって、ほとんどのメンバーが隣の駅にある研修センターらしきところに宿泊した。
この宿泊先(写真)で、懇親会が行われ、夜中まで飲んでいた。
別にそんなに飲む気は無かったのだか、なんとここの個人の部屋にはテレビがない。
とても綺麗ではあったけど。
しかも各部屋禁煙。
となれば飲むしかない。

今日も朝から講義。
でも多くの医師や放射線技師(とくに新潟大学の同い年Ken)と話せてそれはそれで楽しかった。

各病院のMR室の現状を聞いたが、みんな昼も食わずにがんばっている。
うーーん、こちらも泣き言言ってられないな。

この研究は3年間続く。
アルツハイマーの根治薬が出てくるのもそう遠くは無いかも。。。

疲れたので、神戸の街を散策することもなく、予約していた時間の新幹線を早めてもらい早々に帰宅。
久しぶり(?)に見たEBIKOは最高の笑顔で迎えてくれた。
うーーん、癒し系かぁぁ??

2008年2月14日木曜日

ショック

職場のミク友akichama通称banbi。
いつもこのブログをチェックしてくれている。妻TAKAHOのも。
最近体調こそ悪いがなんだか幸せそう。
うん。

そんなbanbiに今日言われた一言。
『imosakuのブログは暗い。』
読み返してみた。
うん。
たしかに。
なんだか暗い。

いや。違う。
なんか感銘を受けたときや、感じたときに書いているからなんだかどんよりしてるだけ。
決して暗くない。
そう言い聞かせた。
HPのほうはそこそこ明るいよ。

さて、今日はチョコの日。
職場の放射線治療の人たちからもらったチョコ。
なぜかおれだけ手作りチョコセット。
昨年もそうだったが、自分で作らなければいけない。
どうやら恒例みたい。
そのうち作ってみるかな。

ちなみに去年はTAKAHOに頼んだ。
今年もそうするか。


これはTAKAHOからもらったチョコ。
でかい。
ニキビできそう。

でもおいしかった。


今日は暗くないぞ。

2008年2月13日水曜日

購入

先日、つくば国際会議場にて『集団災害学会』なるものが開かれた。
おれも2題ほど演題を登録。もちろん話題はDMAT。
今年は新潟県中越沖地震の影響もあり、DMAT関連の演題が半端じゃなく多かった。
全国のDMATが集結して、熱い議論が交わされた。

3年前から研修がはじまったDMAT。
おれらのチームが発足したときにはまだ20~30チームしかいなかったのに、一気に全国的に広まっていまや研修を終えたチームは427チーム。登録者数2500超。

阪神淡路大震災のときには考えられなかったほどの人数が今災害が起こったら被災地に赴くだろう。
会場におれと同じ放射線技師を見かけた。あちらから声を掛けてきてくれた。
兵庫県災害医療センターの方だった。
放射線技師がもっとDMATメンバーに入るべきだと共感しあった。
充実した2日間だった。

ところで、アパート暮らしに別れを告げるべく、マンションを買いました。
中古だけど。だって、駅近くに新築がないからさ。ま、あっても高くて買えないけど。。。
大型リフォームを済ませて4月から住む予定。
これからの1ヶ月半、リフォームのほかにも仕事でもいろいろとイベントだらけで忙しくなりそうだ。
みなさん、新しい新居にどうぞ遊びにいらしてくんなまし。築25年ですけどなにか。。。?

さいごに、どうでもいいけど『じゃがりこ・ほんのり梅味』にかなりはまってます。
是非ご賞味あれ。

2008年1月17日木曜日

今日が原点

今日はご存じのとおり阪神淡路大震災の日。
この地震が発生したとき周囲の県の病院から派遣された医療チームはごくわずかだったという。まして遠く離れた県の病院からの医療チームはほとんどなかったらしい。

 被災している現場での医療は不可能に近い。だから遠くの県に患者を運んで、マンパワーも医療資器材も豊富なそこで治療を行うことが、できていたらあそこまでの死者はでることがなかったかもしれない。そんなシステムが構築されていれば・・・。
 そんな思いから作られた国を挙げてのシステムがDMAT(災害医療支援チーム)。
昨年の新潟中越沖地震では発災20分後に全国にいるDMATメンバーに待機・出動要請メールが一斉送信され、一番早いチームで2時間後にはヘリで現地入りした。その他遠い県から車で多くのチームが何時間もかけて現地に向かった。われわれのチームもそのうちの1つだった。

 そこに助かる命がひとつでもあれば、現地に赴く意義はある。
残念ながら、世間や院内でのDMATの認知度はまだまだ低い。
今後いつどこで集団災害が起こるかわからないが、そのときに救える命を取りこぼさないよう、日頃の準備と出動体制の確立になお一層力をいれていかなくてはいけない。

そんなことを考えていた。

2008年1月14日月曜日

雪といちご

最近久しぶりにCHAGE&ASKAを聞いている。
中学時代に好きになり、高校時代は毎日自転車通学中に聞いていた。
『YAH YAH YAH』しか入っていないテープ(当時はカセットテープ)を作成して繰り返し聴いていた。
久しぶりに聞くと、やはり彼らの歌唱力のすごさに感動する。
ASKAの声は本当に芸術だ。

ストレートな表現をしないところが好きだった。
想像力を掻き立てる表現が好きだった。
『天気予報の恋人』という唄がある。
彼らの表現方法を代表するタイトルだと思う。
そんな一見わかりにくい独特な表現が想像力によって逆にその歌の情景をはっきりとさせていた。

さて、3連休のお話。
12-13日は石打丸山スキー場へ。
詳しくはimosakuのページ 新潟の旅で。

今日、宅急便がきた。
差出人を見てもいまいちぴんとこない。
あけてみると、うまそうな『とちおとめ』がたくさん!
同封されていた手紙を見ると・・・・・・、あっ!
わかった。
栃木に住んでいる年下のいとこだった。
彼女(JUNKO)はおれよりも先に結婚して子供もいる。
彼女に最後にあったのはかなり昔。
おれの中ではまだJUNKOは母親のまわりをくっついて歩いている小さな女の子。
なのに、とても奇麗な字でしっかりした文章が書かれていた。
そのGAPにちょっとの間、不思議な感覚を覚えた。
時間の経過を感じたそんな瞬間でした。

2008年1月9日水曜日

あの素晴らしい日々をもう一度

膝が痛い。



正月にサッカー部のOB会で膝を痛めた。
以前から運動後に膝痛はあった。
普段はなんてことないが、激しい運動や長時間の運動をすると膝に痛みが2~3日残る。
今回はとくに強い。
おそらく軟骨がすり減ってきているのではないかと思う。


仕事上いつでも半月板の検査(MRI)をする機会はいくらでもあるのだが、知っているだけに画像で目の当たりにするとショックがでかいので避けてきた。しかし、そろそろ本格的に検査をしたほうがよさそうだ。

と、その前に少し薬(サプリメント)に頼ってみようかと思った。
そこで買ったのがこれ。
グルコサミンとコンドロイチンが5:4の割合で配合されているものがよいと聞き、購入。2900円なり。
もしこれで少しでもよくなれば、取り戻せる青春期プライスレス。

2か月ほど飲んでみようと思う。
MRIもいい加減撮ろう。

今年こそ自転車を始めたい。

効き目乞うご期待。

追記。
柳沢敦が京都への移籍が決まった。
正直悲しい。彼はアントラーズの11タイトルすべてに絡んできたたった一人の選手。
アントラーズファンは心底彼を愛している。
しかし、選手は試合に出てこその選手。
彼の新しい門出を祝ってあげたい。
がんばれ。やな~~ぎさ~~わ。

2008年1月6日日曜日

得意のフラッシュバック

新年あけましておめでとうございます。
すっかり月に1度しか更新しなくなったimosakuです。

そんなわけで、得意のフラッシュバックです。
まずはいまさらですが12月から。
12/8・9 職場の忘年会@筑波山(つくばグランドホテル) 。泊まりでの忘年会はすっかり恒例。

12/9 昼からお馴染みご近所かすくんfamilyが我が家に遊びに来てくれた。Baby Senは会うたびにでかくなっている。お肌がお母さんMackey似で真白!人形みたいな顔だちで将来が楽しみ。

12/12-15 日本放射線腫瘍学会に参加するため博多へ。このお話はimosakuのページで。

12/22 TAKAHOの実家でクリスマスパーティ。ここのFamilyはアメリカやカナダでの生活が長かったため、クリスマスを非常に重んじる。そのためパーティも本格的。プレゼント交換を行うのだが、これがすごい。去年から参加させてもらっているが参加者全員に簡単なプレゼントを用意していくのが決まり。今回の参加者は子供含めて10名。プレゼントの数はざっと50から60個。それを姉さん夫婦(Tomo & Hide)の長男Masakiがpick upして誰から誰へのプレゼントかを発表する。これがかなり楽しい。プレゼントの中身は1000~2000円程度の簡単なものだが、みんな思考を凝らして素敵なものを用意してくれる。みなさんどうもありがとうございました。
それにしても、姉さん夫婦の長女Misaki(1歳3か月)のパワフルなことパワフルなこと。持った食べ物はとりあえず床にこぼす。またこぼす。そしてこぼす。来年の今頃はうちのEBIKOも・・・。恐ろしい。

12/23 TAKAHOを通じての友人ぐっさん&Risaの結婚式。10年近く付き合っていた2人の晴れ舞台。本当に心の底からあめでとう。お幸せに。これからも仲良くしてね。ちなみにこの2人は誰もが認めるSnow Boad狂。そんな二人の結婚パーティは来週の連休に石打丸山スキー場にて行われる。EBIKOを連れて行く予定。楽しみ。

年が明けて
1/1 あけおめ。近所の女化神社に初詣。天皇杯決勝。鹿島アントラーズ優勝!!もう言うことありません。年度内2冠なんて本当に久しぶり。本当は国立に行きたかった。

1/2 朝9時から母校竹園高校にてサッカーのOB会。今年は現役も交えての試合。各世代結構集まって大盛り上がり。おれの体力が年々落ちているのは間違いなかったが、今回は悲しい変化が。例年は呼吸が辛くて走れなくなるパターンだったが、何と今年は全く苦しくない。というよりは苦しくなるほど走れない。足が・・・。やばいです。なんとか次回までに手を打たねば。
 そして、夕方18時から同じく母校の同窓会@オークラフロンティアホテルつくば。今回が卒業以来初の同窓会で、なぜか幹事。色々準備が大変だったが、集まってくれた129人はとても楽しそう。やってくれてありがとうとの声も聴けて、翌日になってやってよかったんだなぁと実感。それもこれも助けてくれた幹事達のおかげ。ほんとありがとです。敬意をこめてメンバー発表!Imosaku、Miyashi、Momojirou、Atsushi、Teruzo、Kenta、Kasukun、Aiai、Yuuki、Horikin、Akito、Hitomi、Sae。ほんとごくろうさまでした。

というわけで、ここまで真面目に読んでくれた人がいるかは疑問だが、こんな年末年始でした。
またこまめに書くようにします。今年もどうぞよろしくお願いします。

2007年12月4日火曜日

one hundred

告知です。
この告知に関係している人がほとんど、このサイトを見ていないことを知っていますが告知です。
この告知に関係していて、このサイトを見ている人はほとんどこの内容を知っているが告知です。
2008/1/2 18:00~
ホテルオークラフロンティアつくばにて1996年卒業の竹園高校卒業生の同窓会をやります。
会費は未定です。
飲みまくりです。
正月からどんちゃんです。
正月だからどんちゃんです。

ちなみに現在の参加確定者数は90人
あと10人で目標の100人。

幹事軍団がんばれぇぇ!!

2007年12月2日日曜日

祝・鹿軍団

どうも。スポーツジャーナリストのimosakuです。
先週(11/24)の浦和戦の感動的な試合に引き続き、昨日の劇的な勝利。
そして逆転優勝。
EBIKOと一緒に浦和VS.横浜FC戦を見ていたが、試合前から鹿軍団の優勝を感じていた。



Nikkansports.com より

浦和の相手は来期J2降格の決まっているKING KAZU率いる横浜FC。
そこにポイントがあった気がする。
彼らに失うものはない。敵はアジアチャンピオン。
プロとしての意地を見せつけるには申し分ない。
その”意地”は試合中も随所にみられた。

ペナルティエリア外からの積極的なシュート。決して苦し紛れではなく、1本1本枠を丁寧に狙っていた。これが試合の主導権を握り続ける要因となった。
先制してからも守り一辺倒になることなく、攻め続けた。
守備でもワシントン主体での攻撃に体を投げ捨てるような守りで1試合を通して危なげなかった。
これが20試合連続で勝ち星のないチームのするサッカーだろうか?誰もがそう思っていたに違いない。
1点を守るよりも、来シーズンに繋がる2点目を取りにいった横浜FC。
守っていたら浦和の攻撃の餌食になっていた可能性は否定できない。
これが他のチームであったら、こうはいかなかったであろう。

もし鹿島と浦和の対戦相手が逆だったら・・・?
こんなことを試合中に考え、今見ている試合のドラマ性を感じていた。

浦和はリーグ戦と度重なるAFCでの海外試合、そして天皇杯での心身の疲労により、チーム状態は困窮を極めていた。これほどの過密スケジュールで毎試合毎試合勝利を求め続けられ、度重なる主力メンバーの怪我、イエローの蓄積による出場停止。
その結果が天皇杯での格下チームへの敗北、そしてリーグチャンピオン逸脱。
それでも、過酷な状況下、ここまでの成績を収めることができたチームがはたして今のJリーグに浦和以外にいるだろうか?
もはやこの”事件”は浦和1チームの問題ではない気がする。

11/24の鹿島VS.浦和戦。
あそこまでの意地と意地のぶつかりあいの試合をJリーグでみたのは初めてだ。
またあそこまでの試合をできるのは今現在この2チーム以外にないとも思う。

今後、間違いなくJリーグを牽引していくであろうこの2チームに心からお疲れ様と言いたい。


2007年11月20日火曜日

熱かった。

17、18日に筑波メディカルラリーにいってきた。
といってもスタッフ(御手伝い)で。

メディカルラリーなんてしらねぇって人は一昨年の様子をまずこちらをご覧ください。
前半  http://jp.youtube.com/watch?v=Z3W5kJ8HhoA>
後半> http://jp.youtube.com/watch?v=k7Oelax9L64>

こんなかんじです。


今年は12チームが参加。
ステージは全部で7つ。
これらにおいて適切な救急処置を施し、総合得点を競うといった大会。
今年で5回目。

初日におれが参加した設定は、20人くらいの学園祭の打ち上げ会場(屋外)。
急性アル中の患者が出て、救急隊に通報.

その救急隊として競技チームがやってきて酔っぱらい相手にどれだけ情報を引き出して助けるべき人をみつて処置できるかって設定。


実際に会場を酒臭くするために周囲に酒をばらまいてにおいぷんぷん。


でも、酒を目の前にして飲まずにいれるわけがなく、最後のほうはマジ飲みでみんなマジ酔っぱらい。へろへろ。


でもポイントとなる演技はみんな完璧。





実は会場にはアル中のふりで寝ている人が何人かいて、本当のアル中は一人。


でもその人は案外見つけやすい。

実は、このなかに酒を一滴も飲まずに低血糖で倒れた青年がいてそれを見つけ出さなければいけない。

その青年が酒を飲んでいないこと。既往歴があること。ポケットの中に低血糖の薬が潜んでいたことをその大騒ぎのなかで見つけ出さねばならない。


さらにさらに、恋愛話に花を咲かせている(という設定)二人組の女性の一人が競技開始5分後に痙攣を起こす。これにも競技者は冷静に対応しなければいけない。


演技しているほうは、まぁ楽しいわけだが、協議しているほうはたまったもんじゃない。


ほんとごくろうさまでした。





二日目はタイムキーパーとして、競技の会場には参加していないが、いろいろな方々と知り合えてまた知識も増えて充実した2日間だった。





また来年も参加しよう。


いつか競技者として。

ちなみに、優勝チームは千葉県からきたチームでした。(左写真)2連覇。

2007年11月17日土曜日

メディカルラリー

知っている人はほとんどいないと思うが、今日から二日間、メディカルラリーに参加する。といってもスタッフとして、お手伝い係だが。今年で第5回目を迎えるこのイベントは医師、救急救命士がチームを作り様々なシチュエーションにある患者(模擬)の処置を行い、ポイントを競いあうというもの。いわば救急の運動会といった感じ。今日の会場は茨城県立消防学校。今はそこに向かう電車のなかさ。はじめて参加するから、ちょっとドキドキ。         でも、せっかくの休みなのにTAKAHOにEBIKOを任せっきりなのもちょっと後ろめたい。
ごめんよ。

2007年11月15日木曜日

博多

来月12日から学会のため、博多へ。今年の五月にもいったが、とにかくいいとこ。なんていうか適度な都会具合がグッド。どことなくおれの大好きな街札幌に似ていた。ラーメンはもちろんうまかった。キャプテン待っててくださいよぉ。もちろん仕事で行くんです。楽しみ。でもその前に発表スライドをつくらねば。苦あれば楽あり。ちなみに今日は初めて携帯から投稿してみた。ちゃんて載るだろうか?

2007年11月14日水曜日

御無沙汰しております

皆様、ご無沙汰でございます。imosakuです。

決してブログが飽きたわけではありません。育児に追われて書く暇がなかったわけでもありません。強いて言うならば、書くことが子供ことしか無く、親馬鹿日記になりそうで・・・。

書き出したら止まらなくなりそうで・・・。

ぐっとこらえていました。
というわけで、再開です。

EBIKOは順調にすくすくと成長しています。
日々新しい発見や感動だらけで楽しくやっています。

かわいいです。
すでに止まらなくなりそうなので、やめてときます。

お祝いの品物やメッセージ、諭吉さま、金塊等々くださった皆様にこの場をお借りして再度御礼を申し上げます。本当にありがとうございます。
ただ、我が家には狭いながらもまだ若干の余裕がございます。

お祝いの品物や諭吉さま、金塊、マンションの権利書等々、渡しそびれてしまった方々は、まだ間に合いますのでどうぞ気兼ねなく。

11月から妻とEBIKOが流山に帰ってきまして、先週末早速多くの方々とご対面。
そんなお話。 

今日は久しぶりということで、長いけどお付き合いください。

11/10日 昼間。近所のKAS家を訪問。7月24日に生まれたSENとEBIKOの御対面。

SENはさすがに2か月早いだけにでかい!たったの2か月でこうも違うもんかとびっくり。

きっとEBIKOの親友になってくれるだろうから、これからも夫婦ともどもよろしく!Mackeyも元気そうでなにより。
11/10 夜。近所に住む我が姉貴MITANが訪問してきてくれた。プレゼントを大量に抱えて。みんながくれるから、我が家で買ったEBIKOの服はたったの1着。重ねて感謝です。どうもです。
これからもよきおばとしてよろしくです。お年玉の受付先は私ですので、どうぞよろしく。

11/11 昼間。後輩のNody、Jumboly&NINが訪問してくれた。Jumboly&NINにはこれまたEBIKOの同級生Nasubiがいる。もちろんNasubiも一緒にきた。

でかっっっ!!
そーなんです、でかいんです。
EBIKOよ。いままのままでよいぞ。


左はNasubi。右EBIKO。
右のEBIKOを抱っこしているのは、将来の親バカ最有力のNodyです。
これからも同級生同士仲良くしてくださいな。でも、運動会は負けません。
話は変わって、
高校の同窓会が正月に行われることに。
幹事のみなさまがんばりましょう。
楽しみ。
以上。

2007年10月6日土曜日

時代

EBIKOはエビノザウルス。
昼は眠り姫。
夜は野獣。
すなわち、『ひとり美女と野獣』。
ひとり二役。
大忙し。

さて、今日はTAKAHOの母方のおばあちゃんを実家に招き入れるためにお迎えに。
おばあちゃんちといっても、普通は田舎を連想するが、これが都心。
目黒区。渋谷の駅近く。
ということで、渋滞にまきこまれつつ2時間半かけて到着。

この写真はおばあちゃんちの前でとった写真。
目の前のおおきなコンクリートの塊はなんだか知ってますか?
じつは、高速道路のインターチェンジ。
この塊が。

なんでも、首都高渋谷線と中央環状新宿線を結び渋滞緩和を目的とした巨大ループジャンクションらしい。田舎もののおいらはびっくり。

おばあちゃんはそんな大都会に92年前から住んでいる。
車の中では、あまり外に出ないおばあちゃんが、あまりにも街が変貌していることに田舎もののおいらよりも驚いていた。
おばあちゃんはしきりに『東京には人が集まりすぎた』『車が多すぎるんじゃないか?』といっていた。
現地のひとの言葉にはなぜか、この日本が抱える大きな問題を意味深に感じさせた。

あと、おばあちゃんは『関所はいつ通るの?』とずっと言っていた。ずっとおいらは何のことか分からなかったが、高速道路のI.C.にさしかかったときに、『ここで通るんだぁ』と。
なるほど。確かに『関所』だわ。

おばあちゃんいつまでもお元気で。

2007年9月30日日曜日

屈辱

世の中にはどんなに努力をしても、成し得る事が出来ないことがある。
今日はそんな悲しいお話。

妻がお風呂に入った。
部屋にはEBIKOとImosaku。
EBIKOがクズリ出す。泣き始めた。
ここが父ちゃんの見せ場。

昨夜、EBIKOの好物『母乳』を使うことなく、寝静めた実績を引っさげてImoskauは自信に満ち溢れていた。

TAKAHOが風呂から上がってくるまでの所要時間がおよそ15分。
それまでに、このエビノザウルスの怒りを静めて泣いていない状態でTAKAHOに受け渡し、余裕の笑顔で風呂へ向かう。
それが、Imosakuがそのときに描いたStory。

まずは、オムツ交換。もう手馴れたものだ。
しかし、これでは泣き止まない。
そんなことも想定済み。
EBIKOが好きな抱かれかたはなんとなく分かってきた。さっそくその体勢に。
おや?
次は子守唄。
おや?
泣き止まない。それどころか、どんどん声は大きくなっていく。
その何か物足りなさを訴えるかのような泣き声だけが部屋にこだまする。
10分も経ったとき、Imosakuはただ見つめることしかできなくなっていた。

15分後。
EBIKOの好物を胸に引っさげたTAKAHOが、余裕の顔で登場。
さっそく母乳攻撃。
一撃。
EBIKO至福の笑顔。
Imosaku完敗。

屈辱。

2007年9月29日土曜日

ふと思ったこと・・・




エビノザウルスはおかげさまで、すくすく成長しております。
よく寝て、よくウ○チして。
おむつ交換は約14回/日。
ほとんど交換しているかんじ。
こんなにするものとは・・・。

おむつの単価が20円/個だとして、1日に14個、月に420個だから、月に8400円。
厚生労働省の調べによると、近年の出生数は年間約111万人。
ということは・・・
8400x1110000=9324000000
すなわち、エビノザウルス達新生児くんたちは、ウ○チをするだけで、月間約93億円の経済効果を生んでいるらしい。
う~~ん、チリも積もればMountain。
ちなみにこれは、Yo-Koがプレゼントしてくれたオムツケーキ。
丸めたオムツで作られたかわいいケーキ。
オムツも積もればMountain。

2007年9月24日月曜日

道端の花

EBIKOに名前をつけた。

ここまで『EBIKO』に愛着をもったから、もうEBIKOでいいんじゃないかとも思ったが・・・。
とりあえずこのブログではEBIKOで今後もよろしくです。


命名した翌日、近所の道路沿い(国道6号線)で同じ名前の花をみつけた。

それがこれ。

そんな名前の花があることすら知らなかった。
なぜか父親が知っていた。

夏の花。
道端で咲いていた。










昨日(23日)は親戚(IWSKさん)が実家に来てくれた。
昔から気の知れた親戚。
昼の14:00から宴会start!
姉貴MITANKOも帰ってきた。


延々呑み続けて終わったのは夜中の3:00。
途中でYu-yaが家の外でなぜか裸足で歩いてレンガで足をざっくり切って、近くの救急病院で縫うなどの災難もあったが、楽しかった。
またお待ちしております。



TAKAHO情報ではEBIKOは怪獣らしい。
うるさくてうるさくて寝れないらしい。
エビノザウルスとTAKAHOが名付けた。


まだ3日しか経っていないのに、日々顔が変わってきている。
う~~~ん、不思議。

2007年9月21日金曜日

THE EBIKO

産まれました。

長い闘いを経て、やっとEBIKO誕生です。
ご心配やご迷惑をお掛けした皆様、この場をもって感謝です。

EBIKOはやっぱり女の子でした。
そんな気はしていたんだ。

TAKAHOも元気です。

長時間がんばったTAKAHOにまずはご苦労様と心から言いたい。
そして、ありがとう。
男なんてなにもできないさ。

TAKAHOは産まれた瞬間おれが泣かなかったことにちょっと不満らしい。
でも、十分感動しました。
うるっときたけど、こらえました。
TAKAHOは冷静な妊婦を目指していたため、最後まで本当に冷静だった。
立派。

世の中のすべての母親および女性に『感』の念を捧げます。

えびこぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー(祝)